カラダとココロのコト

ゆるゆると歩く道

認知していない世界

 

あなたは自分の家のリビングにあるテーブルに飲みかけの

水の入ったコップを置き、ソファーで別の作業をしていました。

 

またのどが渇いたので、テーブルの上にあった水を飲もうとコップを

手に取ろうとすると、さっき置いた場所とは別のところに置かれていました。

 

「?」

 

不思議に思ったあなたは、コップを元の場所へ

また作業に取り掛かりました。

 

 

数十分後、またのどが渇いたあなたはコップの水を飲もうと思って

またリビングへ行きました。

 

 

すると、またコップの場所がさっきと違っていたのです。

 

「っ!?」

 

あなたは鳥肌が立ち、わけがわからずだんだんと恐ろしくなってきました。

 

 

この時、家にはあなたかしか居なかったので、

夜は恐くて恐くて眠れませんでした。

 

翌日、あなたは仕事の同僚と昼食の際に、

昨日のことを話しました。

 

 

すると、同僚の口から…

 

 

「お前、それ仕事の時も時々あるじゃん。」

と言われたのです。

 

 

「えっ」

 

 

「いや最近、お前の顔疲れてるし、やること多くて忙しいから

資料の紙を自分でデスクの上に置いてたのに、自分で置いたことを忘れて

”どこやったっけ?”ってよく言ってるじゃないか。それとおなじことじゃねぇの?」

 

 

「そ、そんなことは…」

 

 

(確かに、自分はこのところ疲れていて、夜もろくに眠れていないし、

妻にもよくボーっとしてて話を聞いていないじゃないとよく言われていたな・・・。)

 

 

「ほら、心当たりあったろ?」

 

 

「う、うん」

 

 

そう、あなたは疲れとストレスから自分が無意識にとっていた行動を

忘れていたのです。

 

 

ヒトは極度に疲れたり、過度なストレスに晒された状態が続くと、

認識することが薄れやすくなります。特に同時にいくつもの課題をこなしている時はさらに集中力を必要とするので、無意識下の行動となり易く、その行動をしたことさえも認知していなかったりします。

 

 

例えば、日常的な行動、スマホをいじりながら歯を磨いたり、テレビを観ながらご飯を食べていたり、音楽を聴きながら車を運転したりと、普段の生活のなかで当たり前と思って行動していることほど、認識が薄れたり、忘れやすくなりますね。

 

 

ボクたちは日々の生活のなかで常にたくさんの課題を同時に行っています。

 

 

PCやスマホとどんどん生活は便利になっていますが、目に見えない影響も身体や心に多く受けているんですね。

 

 

ボクたちはこの認知していないコトが増えるほどに身体や心はより疲れ、

気づかないうちに見えない傷を自分やまわりにもつけていくことになるかも知れませんません。

 

 

認知していないことに気づくのはある意味とても怖いです。

自分は問題ないと思っているのですから、それを指摘されるのは

とても心に負担がかかるかもしれません。

 

 

ですが、人はそこに気づく必要があるから指摘があるのだと思います。

 

 

今回の内容は疲れやストレスというカタチでしたが、

もっとわかりにくく、あなたの人間関係の問題や仕事の問題、

家庭の問題などさまざまなケースでこの指摘というのは生じてくるものと

思われます。

 

 

この認知していない世界を認知することを

あなたが受け入れた時、あなたの見える世界が

またひとつ変わることに繋がるんじゃないかと

ボクはそう思います。